5日目 スイス連峰〜フランスへ。フランス、市内観光。
6日目 フランス、自由行動。
7日目 帰国。 そのとき。
フランスへ。ここはスイスからリヨンまで、ヨーロッパの新幹線、TGVに乗りました。TGVは乗ってみたい電車だったので、嬉しくなりました。内装は、ちょっと豪華なバスをひろげてみました、という感じのつくり。 床にはじゅうたん、窓はあかなかったけど、かなり大きなもので、席は、当時、日本では珍しい、車両の真ん中から、席が逆を向いている(進行方向とは逆)タイプのものでした。 さらに、各席も自由にまわすことが出来て、乗客が勝手に席をボックス席にすることも可能でした。 おもしろーい、と、私はしばらく逆向きで座っていましたが。なんか居心地が悪くなってきて、もとの進行方向側に戻しました。スイスからの風景は、非常にのどかな田園風景。途中、牛をみたりして、スイスとフランスの国境を越え、穏やかな丘陵地帯を満喫。あんまりのどかな風景が続くので、途中で、寝ました。写真は、オペラ座周辺の銅像(だったはず)。
そしてついに、フランスは、リヨン駅へ!はじめてみる、外国の駅に、感動しました。 そして市内観光へ。といっても、パリ郊外についたせいか、先に郊外の観光が待っていました。 ベルサイユ宮殿。行列がすごかった。20年前から、これはあまり、変わっていないみたいですね。
中へ入って、主要なところを写真でとり、あまりの人ごみに押されてブレてしまいました。いつもこんなかんじらしい。
ここで驚いたのは、剣の間。200平米くらいある部屋に、剣だけの間があったこと。
ベルサイユは、壁一面に、彫刻や絵画があり、その多さだけでも圧倒されるのですが、ここはいかにも男性の間、という感じが面白かった。この間の入り口には、ナポレオンのアルプス越えの絵が飾ってあり、カッコイイ部屋でした。写真に撮ったけど、ブレた。写真は、鏡の回廊の手前にある、シャンデリア。ここは、戦争の間。
ベルサイユを出て、宮殿の裏手の庭も観光。ラトナの泉水など、広く整備された庭は、歩いているだけで気持ちがよかった。人は多かったけど。 ラトナの噴水。
マリーアントワネットのベッド。天蓋つきです。 内部は、王の中庭(ベルサイユ入り口)から入って、礼拝堂の穹窿(きゅうりゅう)、ヘラクレスの間、アポロンの間などを通り、外へ出ました。
オレンジ園です。 そして、いよいよパリ市内へ! 車窓見学で、オペラ座などを見回った後、エッフェル塔へ。が、バスを出たとたんに、激しいスコールが。 傘をさしてエッフェル塔の前にいったのですが、写真を撮って、とっととバスへ戻りました。この時のスコールは人生初体験。
ほんの10分くらいで日が差してきて。
次のノートルダム寺院では、余裕な天気になりました。ですが。10年後もここにきているんですが、ノートルダム寺院の前は、ぜんぜんかわってません。バスだらけで大混雑。しかも来ている観光客のほとんどが日本人。この時も凄かったけど、2度目ももっと凄かった! ノートルダムは、ステンドグラスが非常に美しいことで有名で、そのステンドグラス目当てで大挙して観光客がやってくる。たしかにキレイです。が、初回も2度目も、ここはあまりの人の多さに、辟易しました。 写真は、オペラ座。初めて来たときは、ここで右折してしまったので、コレが限界でした。2度目も、止まってくれなかった。なんで?(つきあたりです)
この日は、夕方からバトー・ムーシュに乗り、ここで夕食になりました。 夕食がついているものとそうではないものがあるようですが、遊覧船でさらに豪華フランス料理フルコース、なんて生まれて初めて。 さらに食事が出てくる前に、テーブルについたときに。 ランチョンマットに、パリ全域の地図が。しかも立体。ルーブル美術館などは、その建物が立体的に描かれ、絵としても、充分価値がありそうなもの。食べながら、じーっとその地図に見入っていたのですが、 ものすごく細かい通りなどの名前までもが書いてあって、非常にめずらしいものだったので、食事後に持って帰りました。
しばらく自宅に飾っていましたが、まだやってるんでしょうか??
あけて翌日。同行者のU氏と、メトロに乗り、ジョルジュ・サンクへ。自由行動の日でした。 実は、ホテルが、ラ・デファンス地区の入り口の、ノボテル・ラ・デファンスだったため、交通機関が車しかなく、地下鉄の終着駅まで、以前は、歩いて出なければなりませんでした。今では、近代的なビル群が立ち並び、日本の都心部と変わらない風景を見せていますが、当時はまだほとんどホテル以外の建物が無く、がらんとしていて、ちょっとさみしい感じ。ガイドブックなどにも、このあたりは当時載っていなくて、どうなっているのか判らず、少々不安だったことを思い出します。道そのものは非常に広く(ラ・デファンス地区)、高速道路なみのスピードで車が走っていった。6車線あり、横断歩道が一箇所しかなくて (ホテル周りに)ビジネスマンの多い、静かなホテルだったことを覚えています。
バトー・ムーシュからみた、自由の女神。当時の私は、まだ学生で、歴史を学んでいる真っ最中でした。コレを見た瞬間、なぜ自由の女神がここにあるのか、判らず、周りの大人に聞いて、初めて知りました。線が入っているように見えますが、バトー・ムーシュの、ガラスの継ぎ目です。
実はこれ、外に出られたようなのですが、かなり夜が更けてきて、自前のカメラでは写らない範囲に、被写体があったため、あきらめました。