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2005.10.07〜2005.10.17
朝、成田発、ルフトハンザで、フランクフルトへ。
成田の空港で、出発まちのロビーにて、前日まで、サッカー・ワールドカップの会長・ベッケンバウアーが来日していたことを知りました。
記者会見やっていまして。へ〜、日本に来ていたんだ〜。
なんて、のんきにみていました。まさか同じ機に、彼が乗ることになるとは。
私の席の隣に座っていたドイツ人男性が、 離陸・到着寸前に、スチュワードとなにやら、やりとりしていました。
なんだろう? と、ついつい彼らのやりとりをみてしまいました。
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到着寸前に。機内のシートベルト着用の合図が、出た直後。
ぽーん、という音がしたと思ったら、 私の隣にいたドイツ人男性が、ふっと立ち上がり。
つかつかつかっ、と。カーテンのむこうへと(私はエコノミー)、消えていきました。
ベルト着用サインが出てから、かなりの時間、その男性戻ってこなかったので、私は、こりゃ〜絶対、ベッケンバウアーが乗ってるんだ。って確信してしまいました。
事実、同行者Iの隣に座っていた若いドイツ人男性が、「ベッケンバウア? ベッケンバウア?」と、半ば興奮気味に前方を指しながら、喋っていたので。
その後、着陸寸前に戻ってきた男性、しばらく前方をにらんでいたら、カーテンごしに、2、3度、パパッとフラッシュがみえた。ああ、間違いないわ。
どうも、ベッケンバウアー氏がいたようです。らっき〜。
到着は、夕方になりました。
ウェルカムフルーツのみの、夕食でしたが、その前に結構、たっぷりめの機内食が出たので。こんなのでも、おなかいっぱい。
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あとで聞いたのですが、ドイツは、保存食の国(生ものが少ないお国柄)。
フルーツは、ぜいたく品、だそうです。
この日の翌日も、たくさんのフルーツがデザートで出たので、もしかして、これはこっちでは、相当高いんではないだろうか? と思ったら、そうでした。
また、ドイツは世界的に有名な話ですが、他国が見本にする、と言われているほど、リサイクルのシステムが確立されている国です。
食べ残したものはすべて土に返され、肥料となるようにできていて、一切のムダが出ない、リサイクル(機能的ともいう)大国。
街には、ぽつぽつ、リサイクルボックスがあります。
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ウィスバーデン到着後、ちょっと余裕があったので(この旅は、基本的に結構余裕のある旅でした)。 ホテル周辺を散策。
久しぶりに見る、本物のヨーロッパに。
ちょっと感動。
が、スケジュール以外で、外出したのは、ここだけになりました。
この旅、じつは。全く自由行動の時間がなかった。
博物館・美術館・宮殿への観光が、メインの旅です。いずれも撮影不可。
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これは、ヨーロッパではよくみかける光景ですが。。
絡まっているツタ植物の中に、人がみえますか??
画面中央、ちょっと下に。
ここにたくさんの、買い物袋を下げた人たちが入っていくのをみて。
最初、電話ボックスかと思ったけど、入っていく人が出て行く気配がない。
よ〜くみたら、青い地で、白い、Pの文字(よくみると、みえるけど)。
あーっ! パーキングだっ!
ウィスバーデンは、こんな場所が結構ありました。
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ホテル周辺を散策。
ホテルの目の前には、比較的大きな庭園があり、夕方だったこともあり、若いカップルや親子、私たちと同じような外国人観光客の姿、と、庭園には、噴水があり、鳥がたくさんいました。
夕方で、結構たくさんの人がいました。
そういえば、私海外に行って、そのへんの公園、とか観光目的ではなく入ったことがない(ニューヨークでバッテリーパーク・フランスでいろんな公園、は入ったけど)。
結構大きな公園でしたが、、なんて名前? かは、不明。
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翌朝。濃霧でした。
この旅は、とにかく朝に、ものすごく濃い霧がよく出ました。が、昼過ぎには雲ひとつない晴天に。
私も含め、旅行者に何人か晴れオンナだと称している人がいて、そのせいか、この時期のヨーロッパは、どちらかというと、ほとんどが雨で、震える寒さ、という定説をぶっとばし。最初の2日以外は、すべて晴天でした。
ニーダーヴァルト記念碑です。
ようやく晴れてきたところで、一枚。
ドイツ統一(1871年)を記念して建てられた、女神、ゲルマニアです。
この場所からみるライン川は、大変いいらしいのですが。あいにく、濃い霧の中に包まれたまま、音だけがはっきりと聞こえていました。
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さて、ここからライン川くだりです。
ライン川の遊覧へは、リューデスハイムという町からの出発になりました。
リューデスハイムには、観光名所となっている通りがあり、ワイン倉を見学したあとに、通りをのぞきに行きました。
ガイドさん(今回は1名、30代日本人女性)からは、この通りの名前を聞くことは出来なかったんですが、ほかのツアー客で同じ日本人の団体客が何団体か、同じ日に入っていたようで、結構な混雑でした。
彼らから聞いた通りの名前。ツグミ通り、だそうです。
いかにも、ヨーロッパの小さな路地、ですが。
これ、観光客用の、土産物屋さんの連なっているお店でした。 |
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前後しますが。 このツグミ(ツグミ=鳥の名前)通りの写真です。
坂をくだって、下から撮っています。
(ドイツ語で、ドロッセル通り)
この場所を突っ切った先に、ライン川の遊覧乗り場があります。
空が暗かったので、ここの通りは、かなり暗い写真しかのこっていませんが。
この通りの先には、車道があり、さらに、電車が走っていて、線路があって。またこの車道と線路のせいで、乗り場は異様に狭くなっています。
観光客が多く乗る場所、そうでない場所(観光名所が、ライン川くだりのいくつもある船着場のそばにあるかないか、という違いによって、混んだり混まなかったりする)があります。
日本人の場合、ツアーで来ると、たいていここからみたいです。
(ほかにもかなりの人数の日本人観光客がいました)
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出発。
で、ローレライの崖をみたら降りろということだったので。そこまでの、遊覧になります。
ライン川下りは、主に、川の左右に広がる、ドイツの町なみと、古城の観光。
ちなみに、ほかの国の川下りもこんなに古城がみれるかというと、そうでもないようです。
ウイーンはあまり、古城はないそうで。古城をみたかったらしいI氏は、大興奮。
古城です。
ネズミ城と呼ばれる、リューデスハイムの船着場を出てすぐみられるものです。
ライン川の全長は、1320km。うち、30kmの観光でした。
これは、城というより、もとは関所、現在は信号塔だそうです。
(ドイツ語で、関税塔、をマウト・トゥルムというそうで、地元の人がコレをもじって、マウス・トゥルム(ネズミ塔)というようになったことから、この名前で呼ばれている)
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たいていは、川沿いの城は、小高い丘の上に建っています。
そのため、みえることはみえるのですが、望遠レンズがないと、キツイところも何箇所かありました。
シュタールエック城。ここは、バッハラッハといわれる街の上です。
現在、この城は、ユースホステルになっています。
船の2階(ガラスばりで、外はガラス越しにしかみえませんが)では、日本語で、見える城の名前や街を案内していますので、城の名前などを知りたい人は、2階席(いたのは3階席の一番前ですが、秋口だったので、結構寒いです)。
3階席は、風雨にさらされる分、寒いですが、写真は撮りやすいです。
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途中、いくつもの船着場へ到着します。バッハラッハの街。
人気のある街の船着場は、乗船しようとする客まちで、すさまじい混雑になっています。
混んでいる船着場=歴史ある街、と思っていいみたいです。
この街は、上の城の下に広がる、街の風景です。
ライン川周辺は、小さな教会のある街と、丘の上に城、という光景がほとんど。お城に普通に人が住んでいるところもあれば、廃墟もあります。
船着場のところにある、チケット売り場の前に、かごの中に山積みされていますが、日本語ガイドブックがありました。
私は買いましたが、ほとんどの人が買っていませんでした。
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廃墟のほうです。
ガイドには、のっていなかったので、わからないけど。
位置としては、ニーダーヴァルト記念碑がある丘の下に見え、ネズミ城の目の前の丘にある、比較的リューデスハイムに近いところにあった、お城です。
私は意外と、こういう城のほうがすきかも、しれません。
現存している、数少ないお城。何世紀も前からある、という感じが。
いいですね〜。
廃墟は、きちんとしたお城よりも、ずっと数はすくないです。
が、比較的撮影しやすい、低いところにありました。
追記です。エーレンフェルス城跡、のようです。
そばにみえる緑色の芝のようなものは、すべてぶどう園です。
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ヨーロッパの教会は、立地条件が許せば、ほぼすべての教会が、聖地エルサレムの方角を向いているそうです(テレビでみた)。
で、上からみると、十字架の形をしているのが、多い(そうでないのも結構あるけど)。
ドイツの教会は、比較的、そのタイプのものが多かったようにみえます。
ってもうすでに、写真しか見てませんよね。
オーバーヴェーゼルの街。赤い、聖母マリア教会です。
ドイツ最古の祭壇を作った職人と、同じ職人が手がけた僧席があるんだそうです。
12世紀からある、とても古い街です。昔は自由都市だったようです。
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ローレライの崖。
日本では、ローレライという歌が有名ですが、学校で必ず習う曲なので、知っている人も多いかも。
ローレライの魔女、という言い方もしますね。
ちょうどライン川のまんなかあたりです。
130mあまりの岩壁ですが、ここから川幅もぐっと狭くなり、そのために流れも急に早くなる上、昼間もほとんど日が射さないために、昔は、航行するものにとって、恐怖の難所といわれてきたそうです。
昔は、ここへくると頂上に立つ、美しく怪しい精霊たちの歌声とその姿に惑わされて、 急流であることも忘れ、岩壁に突き当たって水奥へと消えた、という伝説を持つ壁。
ここにきたら、音楽が流れます。
下船の合図にもなって、ツアーでは、降りることを忘れずにすみます。
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食事に困ること=ゆえに、現地の人との交流が一切ないツアー。
リューデスハイムが、一番良かった? ちなみに、その後はバスにゆられて、ホテルへ戻りました。
この日は、ライン川下りのみ。遊覧がお昼少し前からで、約1時間半ほどでザンクトゴア到着、そこから昼食を食べて、ホテルへ戻る、という、なんとも贅沢な旅行。
夕方には、ホテルへ戻りました。
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