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□□ トルコ旅行記 1日目・2日目


■■日程■■

1日目。出発。バンコク・アテネで、いきなり、波乱。 
2・3日目、トルコ到着。そして、トロイ! ペルガモン! イズミール!
4・5日目、エフェスへ。夕方、マイルドセブンの山。
5・6日目。ついに内陸部。カッパドキア(世界遺産)へ。
7日目。首都・アンカラ。そしてイスタンブールへ、ひとっとび。
9・10日目。イスタンブール・自由行動。 帰国。

 1日目。出発。バンコク・アテネで、いきなり、波乱 


1990.08.04〜1990.08.13

旅は、90年の夏。

90年はトルコ直行便がなく、 バンコクで給油し、アテネで国内線のトルコ航空に乗り換えでした。
最初は、快調に飛ばしていた私。給油地のバンコク空港で、 以前から合わないと思っていた、アジアの食の怖さをアジアに降りずして、体験することに。

喉が渇いてしまい、空港で、氷水につかった缶ジュースが売っているのに気づき、何も考えずに購入、そのまま、水を多少はらい、缶ジュースに口をつけて飲んでしまいました。

この行為。今では浅はかだった自分が、よくわかります。


アジア、特にタイでは、地元の人すら、缶ジュースなどの飲み物は、全てストローで飲む習慣があります。

見た目きれいでも、タイの水は、かなり雑菌が多い。
なのにそれを洗いもせずに(いや、洗ったとしてもアジアの水なので逆効果)、飲んでしまいました。そのあと、もともと胃腸が弱い私、即、調子悪くなりました。


その後、あまり大事に至らなかったのが良かったのですが。
ただこの旅、行く前から、少々周りに反対されていました。湾岸戦争前だったので。

ですが、日本では当時それほどニュースでも取り上げていなかったし、戦争は起こらない、などとはっきり放送されていたせいで。出国してから、その実態を知るハメになりました。

セキュリティや審査、その他乗り継ぎなどで予定が急に変わるなど、異様に時間がかかり、フツーに行けば、(当時で)20時間以内で行けるはずが、20時間以上を費やすことに。

バンコクまではよかったのですが、ヨーロッパに入ってから、影響が出始めました。経由地のアテネで、湾岸戦争の影響からか、なぜか、6時間も足止めを食らうことに。



あまりに長い経由に、そんなに時間があくならアテネへ降ろせ、と私たちツアー参加者の誰かが、言い出しました。

同行したツアーコンダクターの方が、相談してみます、と慣れないアテネで、まず英語を通訳できる人を空港内で探し出し、私たちツアー参加者が見守る中、暫く話し合っていました。

が、そんな都合のいい話は(しかも戦争前。私たちは日本の報道を見てからきているので、それほどおおごとになっているとは、自覚がなかった。トルコについてから、テレビをつけて初めて知りました。日本の戦争についての報道は、当時から、テレビで流すのが遅いです)通るはずもなく、6時間、足止め。

空港で、しかもベッドなどない座席で、仮眠をとるしか、やることがありませんでした。
ながーいアテネ空港滞在に疲れきってきたころ。ようやくトルコへ出発。

これは、アテネ空港。 乗り換えに、6時間ほど待たされました。

ついに、トルコ入国。
イスタンブールで入国審査をすませ、あっという間にバスでイスタンブールから郊外へ。イスタンブールの観光は、最後だったので。マルマラ海沿いにバスが走り、市内をあっという間に駆けました。

今回の旅は、日本からのツアーガイドと、現地トルコ人のガイド、そして現地トルコ人ドライバー。10日間の旅でした。
マルマラ海沿いをアジアに向けて走り、ダーダネルス海峡には、真夜中に到着。見所といわれるところにまで行くのに、ついた初日は、移動、移動で終わりました。海峡を越え、チャナッカレに一泊。
まだなにもしてないじゃーん! という、国土の広さにもめげず、翌日。



 2・3日目、トルコ到着。そして、トロイ! ペルガモン! イズミール!


ようやくやってきた、2日目の朝(時差の関係で、時間は1日戻る)。
きれいなオープンレストランで、初めての食事。

朝早い時間に、私たちの周りに、山ほど可愛い猫が、やってきました。 可愛かったので、餌、という感じで何人かが、食べている朝食を与えると。
車道から、猫が次々に現れ、あっという間に、テーブルの周りは、10匹ほどの猫に囲まれました。イスラム圏は、犬より、猫が多いことで有名。


朝食後、いよいよ、トロイへ。
ここに来る前に、シュリーマンを読め、と、親兄弟に言われたので一応、目を通していきました。

そのおかげで、遺跡発掘の城壁などを見て、苦労して発掘している様子を見られたのはちょっと感動。

トロイへはシュリーマンよんでから行くべし!

ちなみに、シュリーマンとは、ドイツ人の、遺跡発掘として有名な人。
トロイは、神話の話として信じられてきたので、ここを探し当てて、遺跡を発掘したことの偉業に、有名人となった人です。

ホント、よくココ探し当てたわね、というくらい。

規模は小さいところです。 




このあとペルガモンへ移動(写真は、ペルガモン周辺)、夏場のトルコの真髄(?)を味わうことに。

ちょっと小高い丘を徒歩で登らなければならなくなりました。
歩きながら、、なーんか、肌がちりちりするなーと思っていたら。

日本からのツアーガイド氏が、持参してきた温度計をみせ(かべかけ温度計)、 一言、「現在の気温は、42度です」と言ったのでびっくり。



ペルガモンの遺跡です。

ここへいってから、すでに10年くらいになりますが、ここの遺跡が、ドイツへ移築されています。

ドイツでみましたが、コレはありませんでした。
図書館あと、と説明を受けたはずですが。

このペルガモンでは、別のツアー客で、全く同じ行程を回っている、やや高齢の団体客に出会いました。

みたところ、50代以上、70代以下、ってかんじでした。
ある程度年をとっていても、この行程は回れるようです。


井戸、だそうです。
これもみかけなかったような。
かなり、こちらもでしたが、ドイツでも非常に観光客が多く、ペルガモンの遺跡に対する関心の高さが、うかがえます。
見て判ると思いますが、かなり規模の大きな遺跡群です。

このそばから、トルコでは最古といわれる、クズアフル宮殿、というのをみました。
遠すぎるため、こちらではなくPHOTOから確認できますが。

ここからさらに、イズミールへ南下していきます。
トルコは国土が広いので、移動にとても時間をとられました。

だいたい、このツアーも、元々1週間で申し込んだのですが。
10日にして下さいといわれたもので。

トルコは、あんまり時間がない人には、オススメできない国かも知れません。


イズミールのホテルは、エーゲ海ぞいにあり、ちょっとアジア的な雰囲気の漂う内装が、施してあって(アルテミス像が)キレイでした。
イズミールでは夜に、ちょっとお散歩しました。馬車をみかけ、ちょっとお姫様気分を味わった後、びっくりしたのは、この値段。 ぼったくりとも思える値段を提示され、あわてて逃げました。このときは、いくらか払ったけど、意外と日本人って、お金があると思っている人が多くいのか、これが普通なのか。
ほかの場所でもぼられそうになり(イスタンブール)、逃げました。いやはや、思ったより波乱含みな旅の始まり。

 4・5日目、エフェスへ。夕方、マイルドセブンの山。

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