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□□ トルコ旅行記 1日目・2日目


■■日程■■

1日目。出発。バンコク・アテネで、いきなり、波乱。 
2・3日目、トルコ到着。そして、トロイ! ペルガモン! イズミール!
4・5日目、エフェスへ。夕方、マイルドセブンの山。
5・6日目。ついに内陸部。カッパドキア(世界遺産)へ。
7日目。首都・アンカラ。そしてイスタンブールへ、ひとっとび。
9・10日目。イスタンブール・自由行動。 帰国。

  4・5日目、エフェスへ。夕方、マイルドセブンの山。


翌日。朝にはイズミールを出て、エフェスへ。
ここは、トルコの中では一番時間をかけて回った、遺跡群でした。
ここはじつは、何度もNHKなどの世界の巨大メディアに紹介されていて、遺跡に詳しくなくても、見たことがある、という遺跡があるところ。

出土した、この柱は、ドイツでも同じモノがありました。ドイツでは、ペルガモン博物館、の名で通っています。実際には、エフェスにあったものもみかけました。

ドーリア・イオニア・コリント様式のもの。

出土した柱は、すべてエフェスのモノですが、この都市がかなり長い間、栄華を誇っていたことが判ると思います。


顔のある、ニケ像。ドイツには、コレはありませんでした。
ここにこないと(くどいようですが、エフェスです。ペルガモンと近いので、海外では同じ場所の扱いがあるようですが)、この遺跡は見ることが出来ないようです。

ほかに住居などの用水路が復元され、トイレや風呂場などもありました。 ローマなどでは、立ち入り禁止だった所まで、入れるのが面白かった。 


見えにくいですが、メデューサの顔が、アーチ状の上にあります。
神話に詳しい方は、ご存じかと思いますが。

ハドリアヌス神殿跡(アーチの中央にメデューサの顔!)。ハドリアヌス神殿、ときいたような。メデューサは、ハドリアヌスの妻、か、恋人か。わ、忘れてしまいましたが。。

この時代、メデューサは、畏れられているという存在ではなかった、ので。
こんなところに顔があるんですね。


トルコの表紙(インフォメーション)にもなっている、写真。

クレテス・ストリート。これも、遺跡の一つです(見やすいように並んでいますが)。
奥に、下の写真である、セルシウス図書館あと、が、見えます。
現在、これはトルコではなく、ドイツにあります。

しかも、名前が違っていたような。。? 

コレ全部が、出土したところに建てられていて、巨大な街の再現中、といったところ。

いかにこの遺跡群、広くて規模が大きいか、判るかと思います。
ヨーロッパの方では、この遺跡群、かなり有名らしいです。

日本では、トロイの方が、メジャーですが。


セルシウス図書館あと。(と、当時は説明を聞いた)
天気が良かったので、とてもキレイにとれました。

現在、この遺跡は、ドイツのペルガモン博物館に移築されています。



アルカディアン通り。

かなり広いとおりでしたが、なにぶん炎天下がきつく(湿度が低く、からっとしているので、油断していましたが、日差しが強く、ちりちり焼かれている感覚は、始終続いていました。帽子とサングラスは、必需品。



遺跡群を見て、すっかりおなかいっぱいな気分を味わいながら、バスを走らせていくと。
夕日に映える、白い山並み。当時、テレビをよく見ていた日本人なら、通った瞬間、おおっ、と思わず景色の美しさに目を奪われる場所。

まだガイドが説明しないうちに、誰かが、 マイルドセブンのコマーシャルに出ていた場所だ! と叫びだしました。
夕日に映え、前方にある緑の景色とのコントラストは、疲れてやってきた心を癒してくれました。

範囲が広すぎて、全部は撮れなかった。
ムービーつきのデジカメを持っていくことをオススメします。

このあたりは、ドライバーのテクニックが試される、 狭く、急勾配で、見通しが利かない曲がりくねったところ。両側に岩がせり出し、時折トンネルのようなものがありました。これで車がすれ違うので、スゴイ。ドライバ−のテクニックに、拍手。

「パムッカレです」と聞いて、女性陣が、「泳げるの? 泳げるの?」と聞きましたが(皆、水着を持ってきていた)。残念ながら、ここは千枚棚、という、日本の田園などでもみかける、非常に低いもので、プールというよりも、水溜り場的な場所。
現地ガイド氏にも、泳げない、といわれました。それでも皆、楽しみにしていた場所だったので、夏場の暑さから開放されたくて、皆、裸足になり、素晴らしい景色を堪能しました。

その日の夜。 ホテルは、パムッカレから近い場所だったのですが、先ほど皆泳げなかったので、ホテルのプールで泳ごうということになり、夜、ホテルのプールで泳ぐことに。が、さすがに夜のプールは、さむーい! 凍えてしまい、すぐに出ました。 それでも、翌日の朝。朝食をとりにレストランへ降りると、誰か、プールで泳いでいる! しかも結構上手そう。誰だろうと思ってのぞきに行くと。ドライバーと現地ガイド氏。女性全員が、もう一回泳がせて! と旅を忘れ、すっかりプールにハマりました。

ツアー中に外国でプールに入ったのは、ここだけかな? 特に追加料金もとられず、タダで利用させていただきました。 (外国人用で、泳いで真ん中まで行ったけど、足がつかなくてあせった)いや、トルコでリゾート気分満喫。まさに砂漠でオアシスな気分。こういう展開、ツアーでもアリなんだと知り、楽しかった瞬間でした。 



 5・6日目。ついに内陸部。カッパドキア(世界遺産)へ。



朝、パムッカレを出て、スルタンハーヌ、メブラナ廟を見学。

その後、中央部(内陸部)への大移動! こげた草原が延々と続く道路をひたすらバスは走り続け、その途中で。いきなりバスが止まりました。
どこかについたのかと、バス内の参加者は、眠りから覚め、起き上がりました。

家も山並みも見当たらない、全てのものを焼き尽くすような強い日差しの照りつける、平らな大地の彼方に。

小さいけど、細かいたくさんのものが、横切っていくのが、見えました。

 


これってまさか? と思いながらバスから降りて横切っていくものへ近づいていくと。

うわあああ。ひつじだー! たくさん、羊がよこぎっていくー!すごい!
こんな体験、うまれてはじめてっっ!!! 

当然、ほかの参加者も大興奮。思わず、知り合いでもないのに、羊飼いのおじさんに手をふり(振ったのは私じゃないけど、気分的にはホント、同じくらいの気分)、写真を撮りました。

素敵な出会いに、感謝! 



そして、(羊の大群が去ってから動き始めた)ついにカッパドキア地方へ! ここは、トルコ旅行で行きたかった場所。大地が隆起し、火山灰が降り、大量の雨と風で出来上がった、文字通り、地球の驚異。

行った当時は、まだありませんでしたが、ここは現在、世界遺産に登録されています。某テレビ番組(って民放、「世界ふしぎ発見」なんですが)でここを見て以来、いきたーい! と思っていた場所でした。

世界ふしぎ発見、まだやってるんですよね。スゴイ長者番組!


こんなに早くこれると思っていなかったので、嬉しくて嬉しくて。 ところが。

このカッパドキア地方のスケールの大きさに圧倒され、こ、こんなに広いとは思わなかった、と当時パノラマ写真なるものが普及していなかった時代(90年の話)、つぎはぎ写真で、なんとかした私。

一緒にいた友達にも、(彼女はどちらかというと、街の風景が好きな子)、すごいねここ、と、自然にあまり興味がないはずのM嬢、感心していました。



ここに来て初めて、ここはイスラム圏だ、ということを実感した瞬間があります。

観光地なので、比較的なんにでもカメラを向けていた私。現地の女性の写真を撮ろうとしたところ、やめてくれ、というゼスチャーを受けました。
やられた瞬間、あっこれって、と思い出しました。

そばにいたガイドが一言。「トルコは、東部へ行くほどイスラム色が強いので、気をつけてください。今でもまだ内戦とかやっていて、観光も組めないくらいだし、結構危ないんですよ。このへんまでは、来れるけどね」なるほど。 いい勉強になりました。


これは、下の写真の、右手の風景。
全部、繋がってます!

 


上の写真の左が、こんな感じ。パノラマモードにしてみて下さい。


この場所からは、少し離れていますが、やはり奇岩群です。

ここは、夕方に来るとこんな感じに見えるようで、時間帯はばっちり、夕方でした(写真、加工しているので)わかりにくい?

ここは内陸なので、来る場合は、バスか車のみになります。
電車はここまで来ていないはず。

内線が多い地域だったりするので、これより東へは、よほどなれている人が一緒でないと、いくことはキケンだと思います。


ここは、カッパドキア地方でも、ネヴェシェヒールと呼ばれる所。

トルコでもこの地域は、昔、十字軍に追われて、キリスト教徒が隠れ住んだ場所。ここで生活していくために、岩に穴を掘り、窓のようなものが無数にあいています。 
ここにもありますが、中には、本当に人が住んでいた形跡がいくつもあります。

この観光のあと、カッパドキア地方原産の、絨毯屋さんへ。大きなお店の廊下の壁にも、これみよがしに大きな絨毯が飾ってありました。お店の奥へ案内され、お店の人がいろいろと説明をしたあと。出てきました、ものすごい絨毯が。

惜しげもなく、ばっさばっさと高価な絨毯を広げ(いちいち、いくらって言う)、ひええ、と思っていた最後に出てきた、絨毯。



まるで絨毯とは思えない光沢と質感、上品な色使いが目を惹き、おおっ、と思ったのもつかの間。絨毯屋が 「こちらの商品は、王室行きのもので、一枚で100万円はします」と、かるーく言われた。はあっ? 100万! だ、誰が買えるんだそんなもの! と思っていたら。参加者のうちの2人がなんと。この絨毯屋で2枚、一枚60万もする絨毯を、購入した! ええっ、何者? と思ったら、どうやら社長令嬢だったようで。いや、おみそれいたしました。

ここでは、一番小さい絨毯でも1万円するといわれ(ランチョンマット大のもの)、さすがに手が出ない、と見るだけで退散。

そして、超豪華5ツ星ホテル「ホテル・ネヴェシェヒール・デデーマン」に宿泊(6月にできたばかりのホテルだった)。ここは砂漠でオアシス、第二弾、というホテル。

夜には、ベリーダンスや民族舞踊の舞台を見ながら夕食を取ると、翌日には、カッパドキアでお買い物(ホテルの前のオブジェが気に入り、それと同じ物を買った。ミニチュアです)。ほか、avanonという陶器で有名になった場所を見学したり、あちこち回りました。すでに7日目の話になってますが。アンカラまでの道すがら、塩湖にも行ったり。これ、予定に入っていなかった気がしますが。パムッカレで喜んだ日本人は、白い大地が好きだと思われた?

 

7日目。首都・アンカラ。そしてイスタンブールへ、ひとっとび。
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