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□□南フランス・パリ旅行記 (新しいものほど上にあります)

 6日目 パリへ。市内観光。 


6日目、ニースからパリへ。


この日は、朝にニースの空港を経ち、(結構キレイな、近代的な空港でした。ひろかった)すこし雲がかかったセーヌ川の上を飛んでいました。結構はっきり、見える。

以前、ここに来たのはなんと、10年前。10年ぶりの、パリ。でも、あまり変わっていなくて、安心しました。歴史ある建造物は、あまり動かないのが、ヨーロッパのいいところ。でも結局、そうした建造物の維持費は、市民の税金から支払われていて、商売をやっているお店などは、モノの値段よりも、税金の方が高かったりする。パリも同じ。

でも、好きな人には、ボールペンが一本400円しようが、Tシャツが一着二万しようが、「スキなので」関係ないんですけどね。


ここにきて。また(1985年に、訪仏。今回は、2回目)市内観光をすることになったので、ちょっと話半分に、聞いていました。

リヨン駅(写真右)、コンコルド広場・凱旋門・クリヨン・チュイルリー公園入り口(ここは、広すぎて観光では周れない。住んでいないと。大体、入り口を見て帰る人が多い)・ノートルダム寺院などを見回りましたが。

このノートルダム。以前も、結構混んでいたことは覚えていたのですが、以前の、3倍以上の観光客に、なにこれ? なんかイベントでもあるの? と思ったほど。

とにかく(周遊レポートでも書いたかな?)、このあたりはセーヌ川の突先に立っている上、周囲を川に囲まれた環境のため、近くまでバスなどを寄せていくと、身動きが取れない。

いわゆる、建物が建っている場所が、袋小路。ここに、わんさか観光客が押し寄せてくるんだから、混まないわけがない。


が。この年の混み方は、尋常じゃなかった! バスが裏手にしかとめられず、なんと裏の門から出入りすることに。

バスを降りて、正面に回った瞬間、うわっ凄い!まったく見えない!というくらいの、人ごみでした。しかも、日本人だらけ。

外からの写真が、あまりの混雑ぶりに、一枚もない。いったいなんなの、と思ったのですが。

帰国して、渡航国の人数をみたら。なんとこの年、夏場のパリだけで、40万人もの日本人が!当然、夏場の渡航国、ナンバーワンでした。

とにかくも、凄い人ごみをぬけ。

ガイド氏らも、ここまで混んでいると、さすがに知り合いにあうようで。バスを降りて、すぐに、おお、どう混んでる? と別のツアーガイドと挨拶していました。

(写真は凱旋門。翌日のモノです)



お昼はなんと、エスカルゴ(エスカルゴって、つまりカタツムリですね)。

って、本当に、エスカルゴしか、出てこなかったのには驚きました。
かなり、食べにくかったのには困りましたが、食感は、エビにバジルソースをかけた感じ。

エスカルゴ自体は、全くと言っていいほど、味はありませんでした。日本でもよく食べる、バジルスパゲティ、の上にかかっている、バジルソースの味だけしかしなかったので、かなり、おいしかったです。

ただ、ライスはないわ、水はガス入りしかでない(フランスは、外食で水を頼むと、ガス入りが一般的で、ミネラルウオーターがでない。ガス抜きの水を手に入れるのが、意外と面倒)し、やや、不満が。これは正直、キツい昼食でした。

この、昼食後に。軽い実験をされた、ツアー客がいました(うらコラム参照)。
お昼ご飯を食べて、ぼーっと歩いていたので、正直、びっくりしましたが。

 

7日目 パリ、自由行動。



あけて、パリ・自由行動の日。
私は、友達が行きたいと言うところへ、ついていきました。
そのひとつが、凱旋門。

凱旋門には、地下鉄を使っていきましたが、地上に出た場所がビミョーな位置で、近づくのに手間取りました。

基本的にここの周辺道路は、ロータリーとしての役割があり、放射線状に伸びる横道へは、7周まわれという、規則があるそうです(85年の旅で聞いたので、いまは少し、変わっているかも)。

なので、車の波が途絶えると言うことがまずなく、地下鉄で来ると、近づくのがやっかいな場所。


でも、何か、大勢人だかりがいて。
何かやってる、と思って近づいてみると。ははあ、戦没者記念、らしい。
ということに気付きました。

最初、物々しい儀式があり、遠くから見つめていまして。
近づいてみると、フランス語で「UN SOLDAT FRANCAIS」の文字が。
カンの言い方、フランス語を習っている方はすぐ判るかと思いますが、凱旋門ってつまり。
戦争で亡くなった人のための、巨大な慰霊碑、なんですね。

門の柱には、遠くから見ると模様にしか見えませんが、全て名前、(配属していた軍隊の名前・人名)が彫られています。

真下は、巨大な「無名戦士の墓」。
凱旋門の意味を知らずに撮影していましたが、この儀式に出会い、これは、他の人にも見せないと。と思って、いっぱい撮ってしまいました。

M嬢は、その意味を知った瞬間に、撮影を辞めてしまいましたが。


で、反対側の、新凱旋門です。
M嬢は、近代建築に全く興味がないらしく、とてもここへ来るのを嫌がりましたが、なかば、泣き落としに近い状態で、ついてきてもらいました。

私は、近代建築見たさ、というのもありましたが、昔ここへ来て、苦労した覚えがあり、その思い出を一新したい、という願いがありました。

また、ここを舞台にした話を書いたことがあり(物書きを目指していた)、その意味でも、見て置かなきゃ鳴らないと感じていた場所。

ラ・デファンス地区です。IBMや、航空会社など、世界の名だたる企業の、会社が建ち並ぶ、最先端地区。 


あとは、思ったより多くの若い人がいた、というところでしょうか。
やっぱり、新しい建築物の所には、若い人が集まりますね。

ここは、凱旋門と同じく、エレベーターがあって、上から見ることが出来るようだったので。
あがってみることにしました。

混雑しているところがキライな私としては
(狭くて、人があふれていて、ごちゃごちゃしたところは、三半規管が弱い体質もあって、私にとっては、ひどく疲れる場所。場合によっては、気持ちが悪くなって、吐き気がきます。人によっては、エネルギッシュで気持ちがいいという人もいるようですが)、
人が多くても、見た目がすいているように見える、広くて、無機質な空間は、とても居心地が良いんです。


現地の人? がくつろぐところで、ビミョーな位置に座ってみた私。

何を見ているんだろう、と思って、撮ってもらいながら視線の先にあるモノを見たけど、駅(地下鉄の駅)とか、道行く人の姿くらいで。

なーんだ。ここに座っている人、人を見ているわけじゃなくて。自分たちの世界に、入っているのね。

このあたりはビジネス街だと聞いていましたが、スーツを着た人があまりいなかった。図書館などがあったようで、遊びに来た人でしょうか。


バカは高いところが好き?

まっすぐ見える道の突き当たりにあるのが、さっきいた、凱旋門です。
こっちから見えるってことは、向こうからも見えるって事ですね。

高いところに登りたがらない、というのは、高所恐怖症とも言われるけど。

観光名所などの場合は、高いところからの景色そのものを、景勝地=自慢、としている場合もあるので、高いところ=バカと思うこと自体が、短絡的?

考え方は、ひとそれぞれかな。。
左にみえる、黒っぽいビルは、FIAT。右はわかりませんでした。


降りてきて、ルーブル美術館へ。
館内は、撮影可です。が。有名すぎるものばかりで、今更、な感じが。

ここでは、友人と別行動になりました。
美術館は、比較的治安が良いから大丈夫でしょ。という、M嬢の判断と、私とM嬢は、好きな芸術にかなりの違いがあり、別行動になりました。

私は、16世紀印象派好き。日本でも、大変な人気ですが。

最初、フランス絵画部門へ行き(ルート選択をミスった。広くて大変です)、そのあと、印象派部門へ。ダヴィデの絵画がたくさんあり、とても楽しかった。

「群衆を率いる自由の女神」。ドラクロワ作。

ニューヨークとフランスにある自由の女神は、この絵がもとになっていますが、描かれている女性は、フランスでは「マリアンヌ」と呼ばれ、フランスを象徴する女性像、フランスの国そのものを擬人化した姿です。実際にこういう人がいたわけではないのは、歴史をやったことがあり、絵に興味がある人なら、ご存じでしょうか。


そして、ダヴィデ作、何度も盗まれた、「モナ・リザ」。
昔、見に行ったときは(あ、コレ見てますね、昔)なかった、ガラスケースに。ちょっと、がっかりでしたが、一応撮影。でも、ガラスが反射して、上手く撮れませんでした。そしていよいよ、私の大好きな作家、レンブラントの間へ。

最後に見た、ニケ像です。
私がレンブラントの間へ入った瞬間。すさまじい人混みに飲まれました。
一人できて、正解だった、と思った場所。

ものすごい数の団体客が入り乱れ、外国人客の中で、私は、もみくちゃにされました。が。めげずに、彼らを押しのけ、絵画の前へ。

展示されていた絵画は、ほぼ全て写真に収めましたが、とてもゆっくり観賞できる状況ではなく。人混みに、流されるようにして、レンブラント、終了。


あまりの人混みに、さすがに疲れてしまい。
そのまま、出口へ向かっていました。広すぎてルート探索に時間がかかったのもありますが。

待ち合わせていた友達は、まだいなかったので、ちょこっとおみやげを見ようと思って土産コーナーへ入ろうかと思ったのですが。その手前に、ドリンクを売っている所を見つけてしまい。

とにかく、のどが渇き、ガス抜きの水が欲しくて仕方がなかった。エビアン。ずっとかえずにいたので、思わずかってしまいました。

飲もうとしたところだったかで、友達登場。おみやげをみていたようで(こちらも似た理由でさっさと切り上げてきたらしい)、エビアン、同じくかっていました。


そして、翌日。帰国の日。シャルル・ド・ゴール空港へ。

ここは、以前も来たことがある空港だったので、楽しみに待っていました。あの、宇宙ステーションか、近代的な未来建築物のような、チューブのある空港。

初めてみるド・ゴールのエスカレーターチューブに、皆、大興奮。
変わらないその姿に、興奮さめやらぬまま、帰国。

この旅は、後半はとても調子が良かったんですが、前半は記憶が飛んでいるほど、あまり調子が良くありませんでした。

でも、結構楽しかったので(トラブルはありましたが)。何よりも、南仏の海で泳いだことは、いい思い出になりました。

 


 

8日目 帰国。

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